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「恋人たち」  (あかね)

 

(きれい―――・・・)

その日は、朝起きたらとても天気がよくて、気持ちのいい日だった。

若葉は日の光をあびて眩しく輝き、

左大臣の娘である星の姫がしつらえてくれた庭には、

色とりどりの花が華やかに咲き誇り、ひらひらとちょうが舞っていた。

それは、まるで空想のせかいのよう。

(きれい・・・・)

あかねは思わず外に出て陽の光を浴びる。

上を見上げると空はどこまでも澄んでいた。

(きれいだ・・・・。すごくきれいだ・・・・)

朝からの気持ちのよさに心躍る。

こういったワクワクするようなステキな気分の時は、

恋しい人に会いたくなる。恋しい人の笑顔が見たくなる。

――朝起きたら、天気がよくてね、花がきれいでね、空が青くてね・・・・

なんて何でもないことだけど、真っ先に報告したくなる。

(もう起きてると思うけど・・・まだこっちには来てないのかな・・・)

毎朝、早くから鍛錬を怠らない彼は、もうとっくに起きてるはずだ。

(ちょっと、武士団の方・・・行っちゃおうかな・・)

会いたい気持ちにまかせて、足取りもかるく、今にもスキップでもしそうな勢いで庭を歩いていく。

ちょうど、そんな時。

「あら、・・・神子様?このように庭にお出になられていかがなさったのですか?」

声の方を見ると、いつものように朝のご挨拶のため、龍神の神子の元へ向かっている星の姫が渡殿を歩いていた。

「あっ・・・・藤姫!えーっと・・・あ、おはよっ。」

頼久の元に行こうとしていたとは言えず、あかねはとりあえず挨拶でごまかす。

「おはようございます、神子様。どうなさったのですか?」

「あ、あまりに天気がいいから、なんとなくちょっと庭にでてみたくなって・・・」

そう言いつつも、目は大好きな人の姿を探してしまう。

藤姫が来る時間だというのに、いつも朝早くから迎えにくる武士の姿がない。

「え・・・と、藤姫・・・。今日、頼久さんは?」

「頼久ですか?今日は武士団の用事で来れないそうですわ。」

「え・・・・、そうなんだ。」

頼久にも仕事があることは分かっている。

いつも一緒というのはこちらの都合のいい考えなのだと分かっているが、会いたいと思って会いに行こうとしていた矢先なだけに、落胆は大きい。

「・・・頼久に何か用事でもございましたか?」

藤姫には、あかねが頼久と想いを通じ合わせたということはまだ知らせていない。そのため、今の気持ちを明かすわけにはいかない。

「え・・と、ううん、いつも頼久さんいるけど、今日は姿が見えないなーって思っただけ。えーっと、今日はどうしよっかなっ。」

そんな風に取り繕っているときだった。

「おーい、あかねーっ!」

元気よく手を振りながら走ってくる姿があった。

「イノリ君、おはよ。どうしたの?」

「どうしたのじゃねぇよ!こないだ金の力が足りないっつってただろ?封印しにオレがついてってやるよ!」

「あ、そっか。忘れてた!ありがとうイノリ君。じゃあ、あと詩紋君にも一緒にいってもらおうかな。藤姫、今日はイノリ君と詩紋君と出かけてくるね。」

本当は、今日も頼久と共に出かけたかったのだが、用事があっては仕方がない。それに、今日の予定をどうしようか迷っていた時だ。イノリの申し出はありがたい。

「分かりました。神子様お気をつけて。」

 

 

 

外にでても、景色の美しさは変わらなかった。

(今日は、本当にいい天気だなー・・・)

人の雑踏――行き交う人々、商売をしている人々までもが微笑ましく見える。

朝起きたばかりの時と同様、あかねの気分は高まっている。

「あかね、ちょっといいか。実はさ、今日はお前にちょっと報告したいことがあったんだよな。」

イノリが話があるということで、3人は小休憩のために川辺に降りる。

イノリと詩紋と怨霊封じに出かけて、もう陽はその日一番高いところに上っていた。

「どうしたの?イノリ君」

イノリは少し目を逸らして、親指を噛む。彼の癖だ。

「・・・・姉ちゃんの・・・ことなんだけどさ。」

「イノリ君のお姉さん?どうしたの?」

「イノリ君・・・・」

詩紋も心配そうにイノリを見ている。

イノリの大事にしている姉の話・・・。イノリは、その話をするときは決まって少し悲しそうな、辛そうな顔をする。しかし・・・今日は・・・・

「それがさ、あいつの・・・イクティダールのやつの薬で、大分体調よくなってさ。姉ちゃんも、あいつの薬だって知ったら、すごく喜んでてさ。体調も言い分、あんなに元気で幸せそうな姉ちゃん見たことなくて・・・。オレ、なんかそれが嬉しくってさ。」

考えながら話すイノリは、まだ迷いがあるものの気持ちに大きな変化があったようだ。

「イクティダールのやつは許せねぇけど、姉ちゃんの幸せってのもちょっと分かるような気がして・・・。オレには、まだしっかりと分からねぇけど。それをお前に報告したくってよ。」

少し照れながらも、顔には今までのような苦悩はなかった。

「イノリ君・・・。よかったね。」

「おう、お前にも世話になったな!」

そう言って、彼のいつもらしい元気な笑顔になった。

(うれしい・・・、よかった!うれしい!)

人の幸せに触れるのは、心地いいものだ。

あかねの心も躍る。

(ドキドキする・・・・。うれしい!)

そして。

(会いたいな・・・。頼久さんに―――会いたい!)

なぜ、こんな幸せな気分の時には、大好きな人に会いたくなるのだろう。

「よし、あかね、詩紋!とっとと怨霊封印しに行こうぜ!」

「うん!行こう、あかねちゃん」

「がんばろうね!」

(早く帰って、頼久さんに会いたいなっ・・・)

あかねの頼久に会いたい気持ちはますます高まっていった。

 

左大臣邸に戻ったのは、夕方少し前だった。

空の色が淡くなってきている中、あかねは屋敷の中を一人でさまよい歩いていた。

怨霊封印から戻ってきた後、一旦自室に戻った後、すぐに頼久を探しに武士団の方へ向かったのだが、

「若棟梁ですか?戻ってきてますよ。あれ・・・?さっきその辺にいたんですが・・・、いませんね。たぶん、敷地内にはいると思いますが・・・」

と言われ、頼久を探しに屋敷の庭を歩いている所だ。

(どこにいるんだろ・・・・。)

大貴族の屋敷ともなると、かなり広い。

一体頼久はどこへ行ったというのか。

「おい、頼久!」

どこからか聞こえてきた、彼の名に反応して立ち止まる。

(天真君の声だ!)

きょろきょろしてみると、遠目に天真が見えた。

建物に隠れて天真の斜め後ろ姿が半分見えるだけだが、先ほどの声から察するに一人でいる様子ではない。

(頼久さんといるんだ!)

あかねはようやく見つけた頼久に向かって走る。

そんな時。

「おや神子殿。」

後ろから呼びかけられ、声のする方を見るとそこには友雅がいた。

「友雅さん!」

「そんなに急いで、どこへ行くのかね?」

「え?あ、特に用事があるわけじゃないんだけど・・・。友雅さんこそどうしたんですか?」

本当のことが言えず、話題を友雅に転換する。

「ああ、めずらしい絵巻物が手に入ったのでね、こちらに献上しに参ったのだよ。・・・そうだね、神子殿も一緒にどうかな?」

「えっ・・・?」

それよりも、今はこの先の頼久の元へ行きたいのだが・・・。そんなこともお構いなしに、友雅は勝手に一人で艶っぽい笑みを浮かべて考えている。

「そうだね、神子殿も一緒に見るといい。とてもきれいだよ。神子殿も一緒だと藤姫もまた喜ばれるだろうしね。さあ姫君、一緒に藤姫の元へ参ろうか。」

あかねの想いもむなしく、友雅は色気を前面に出してあかねを招く。

半ば強引に決められ、あかねもしぶしぶ友雅と藤姫のところへ行くことになった。

(ああ・・・・。すぐそこに頼久さんがいるのに・・・。なかなか会えないな。)

 

その後、友雅とあかねと藤姫の絵巻物のお披露目会は夜まで続き、あかねが部屋に戻ったときには、もうそろそろ寝る時間になってしまった。

「もう夜になっちゃったなー。」

しかし、あかねの心臓は少し高鳴る。

朝から今まで頼久の姿を全く見ることができなかったが、ようやく会えるのだ。

そう、夜の頼久があかねの部屋を中心に警護にあたるこの時間こそ、あかねと頼久が二人きりで会える時間。恋人たちの時間。

外で物音がしてあかねは、ぱっと飛び上がる。

(来た!)

ばっと、御簾をあげて外に顔を出すと・・・・

「・・・・?」

そこにはいつもの姿はなかった。

「よう、あかね」

「・・・・天・・真君?」

そこには黒く長い髪の人物ではなく、明るい短い髪の同級生、森村天真がいた。

あまりの予想外の展開に、あかねは何も言えない。

「・・・?あかね?どうした・・・?」

心がどんどん曇っていくのをなんとか隠そうと笑顔を作ろうとするが、顔が引きつる。

「天真君こそ。今日は頼久さんじゃなくて、天真君なの?めずらしいね。」

「そうなんだよなー。頼久のやつ、なんか酒につき合わされてるらしくてよ。代わりにオレがやることになったんだよ。ちゃんと見張っててやるからな。安心して寝ろよ。」

天真はあかねの態度の変化に気づくことなく、いつもの調子ではなす。

あかねは天真には申し訳ないと思いつつも、心は沈んでいく。

「ありがとね。じゃあ、おやすみ天真君。天真君もほどほどにね。」

「おう、ゆっくり休めよな」

あかねは御簾を下げ、褥に横たわった。

(今日は、いっぱい話したいことがあったのに・・・)

あかねは目を瞑って今日一日を振り返る。

朝も、夕方も、夜まで頼久に会えなかった。

一日顔を合わせなかったのは、もしかして初めてではなかろうか。

(また、明日か。明日は迎えにきてくれるよね・・・・)

今日一日の不幸に無理やりひらき直り、明日に希望を託す。

そして、少し安心したのか、あかねは徐々に眠りに落ちていった。

 

数刻後。

ガサっとした音に気づいてあかねはふと目を開く。

(あれ・・・?うとうと寝ちゃってたのかな)

外で何か物音がしたような気がして、おそるおそる御簾に近寄る。

ここからでは外の様子はよく分からない。

(天真君・・・何かあったのかな)

あかねはそっと御簾を上げてみる。

目の前にはちゃんと人影があった。

(ちゃんと・・いるみたい、だよね)

安心して、床に就こうと御簾を下げようとする。

(あれ・・・?)

目の前に立つ人影が少し天真より大きいような気がする。

下げようとした手を止め、また御簾を上げる。

視線を上げていくと、

長い黒髪。

そして、オレンジ色に獣柄の上着・・・

心臓の鼓動が早くなる。

「頼・・久・・・さん?」

あかねの呼びかけにはっと気づいて頼久は振り返った。

「――神子殿。」

振り返った頼久とあかねの視線が絡む。その瞬間、あかねの時間が一瞬止まる。

ようやく見れた大好きな人の顔。

あまりのうれしさに涙がでそうになる。

「頼久さん!」

御簾をあげ、そのまま頼久の隣に座る。

「天真くんは?」

「はい、私の所用が終わりましたゆえ、先ほど交代いたしました。」

先ほどの物音は交代した頼久が来た音だったのだろう。

あかねは嬉しくて、込み上げてくるものが多すぎて、どうしたらいいか分からない。

黙っているあかねを見て頼久が口を開いた。

「今日は申し訳ありません、神子殿。お供もできず、警護も半ばからになってしまいまして。」

頼久は俯いてあかねに真剣にわびる。

「ううん、頼久さんにも用事があるんだし。でも、よかった、頼久さんに会えて。」

頬を染めて頼久に微笑み、すぐに恥ずかしくなって俯いたあかねは、ようやくあふれそうな気持ちを伝える。

ずっと、朝から胸にある想い。

「あのね、頼久さん。今日はね、いっぱい話したいことがあってね・・・・」

溜まりに溜まったものを吐き出そうとして頼久の方に顔を向けたとき、不意に言葉が途切れた。

 

あかねの唇になにかが軽く触れた。

頼久の顔があかねから離れる。

 

突然の出来事にあかねの頭は真っ白で言葉が出ない。

ゆっくり目を頼久に向けると、彼は弾かれたように何かに気づき、顔を真っ赤にしながらバッと跪いた。

「神子殿、失礼いたしました・・っ!」

その声で我に返ったあかねの顔も真っ赤になる。

「いえっ、そんな、頼久さん!私・・・・。」

先ほどの出来事を思い出してみる。

軽く触れるだけのキス。

(キスだ・・・キスされたんだ・・・)

あかねは跪いて俯いている頼久の頬に優しく触れる。

「あの・・・嬉しかったですから・・・。」

真っ赤になって微笑んでそう伝える愛しい人の姿を見て、頼久も赤くなりながら、あかねに微笑む。

 

夜はもうずいぶんと更けている。

朝の輝くように美しかった庭は、やわらかい月の光に照らされた静かな景色に変わっている。

 

「あのね・・・頼久さん。今日ね・・・、朝起きたらね・・・」

 

 

 

 

<終>

 

 

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まだ、お互いの気持ちを確認したばかりの頃の話のつもりです。

恋愛がうまくいくと、世界が全て美しく見えちゃう感じと、ちょっと嬉しい時とかに好きな人にそれを伝えたくなる気持ちと、会えないもどかしさを書いてみたくてトライしてみましたが、稚拙で申し訳ありません。読んで下さった方ありがとうございました。(あすか)