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「瞬間」

 

あの時

あの人のとなりに並んだとき、

私はきっと恋に落ちた・・・・

 

 

 

「神子殿、本当に登られますか?」

もう日が傾きはじめている。今から登るには時間がないかもしれない。

「でも、今日は大文字山の怨霊も退治する予定だったし・・・。登れるだけ登ってみてもいいですか?」

「・・・・分かりました。では、私の後についてきて下さい。」

そう言って寡黙な武士は先に進んで歩いていく。そして龍神の神子はそれに続いて行く。

 

今日は、頼久とあかねの2人だけのお出かけとなった。

まだ京に来てそれほど日にちが経っていないことと、京の八葉にはそれぞれ仕事があるため、さほど用事のない慣れ親しんだ天真か詩紋と、あと一人は京の八葉という組み合わせで出かけることが多かった。

しかし、今日に限って天真は行方不明の妹を探しに出かけてしまい、詩紋は体調不良、あとの八葉もそれぞれ仕事があるということで、頼久と二人になったのだ。もちろん、あかねを何よりも大事にしている藤姫は、この状況に八葉全てに怒りを露にしていたが・・・・。

 

二人だけで、というのは今までなかったが、頼久と出かけることは初めてではない。今までのお出かけは、天真か詩紋と残り一人は頼久という組み合わせが殆んどだった。また、頼久は同じ敷地内に住んでいるため、顔を合わせることが多かった。京の八葉の中では一番近い存在といえるかもしれない。

あかねにとって、頼久は寡黙であまり話さないが、居づらい人間ではなかった。

あまり話さなく、会話が続かなくても、あえて無理やり話題を探す必要がない、と感じたからだ。頼久は、寡黙であっても忠実に役目を果たしており、そのことしか考えていない。仲間と思っているあかねにとっては、臣下と言い張る頼久のその考えには反発心を持ってはいる。

しかし、会話の間、その会話の途切れには、ぎこちなさではなく、話さなくてもどこかに流れる信頼感というものがあった。

 

 

 

日が傾いてきているだけに、山の中は暗い。

普段から運動をしていなかったあかねは、少し登っただけで息が切れている。

「大丈夫ですか、神子殿」

「・・・はい、なん・・とか。」

道らしき道はない。ほぼ崖に近いところを登っていく。

「神子殿、こちらです。お手を」

「え・・!?」

差し出された手に、自らの手を伸ばしかけたとき、がっしりと手首をつかまれたと思ったら、急に体がひっぱられた。

視界がグラリと揺れる。

気づいたら腕を握られ、腰を頼久の手によってしっかり支えられていた。顔を上げるとすぐ近くに、自分を見つめる頼久の顔があった。

「ひあっ・・・・」

近すぎるその顔と、まるで抱きかかえられているような状況にびっくりし、自分の顔が紅くなるのを感じて思わず俯く。

「神子殿、どうなさいました?大丈夫でございますか?」

あかねの気持ちとは反対に、頼久は真剣だ。

「え・・・、いえ、大・・丈夫・・・です。」

心臓の鼓動が早くなっている。

あまりの恥ずかしさに顔を逸らして頼久から離れる。そのとき目に飛び込んできた風景・・・。

「うわぁ・・・・」

あかねは感嘆の声を漏らして目を細める。

頼久は、あかねのことを気遣いながらも、その口から漏れた声につられてあかねが見ている方向を見る。そして、自分たちが夕日に照らされていることに気づいた。

オレンジ色に輝く夕日に、ピンク色に染まった雲と空。視線を下へずらすと眼下には京の町が広がっている。

「きれい・・・」

「はい、ちょうどここは木の切れ間だったのですね。景色がよく見えます。私は普段、この大文字山には時々参るのですが、このような景色が見られるとは・・・・。今日このような景色を目の当たりにできたのは、やはり神子殿のおかげでしょう。――今日、ご一緒にこちらに来られてよかった・・・」

普段より少し言葉の多い頼久に驚いて、あかねは隣に並んでいる長身の姿を見上げる。

夕日に照らされた、頼久の端正な顔に心臓が高鳴る。

彼の顔は普段よりも穏やかで、大人で、どこか切なかった。

隣に並んでこの景色を見ている、この瞬間、

あかねは手をつなぎたいと思った。

 

――――彼の隣にいることが、どうしてこんなに穏やかで居心地がよくて

――――彼の隣にいるこの場所が、どうしてこんなにしっくりくるんだろう

 

この美しく強い景色の中、世界はまるで二人だけのような錯覚に襲われる。

 

とても長いような、そして短いような時間。

永遠を感じた。

 

 

どのくらいそうしていたのか。

 

「神子殿、もう暗くなってしまいましたね。」

頼久の声で気づいたときは、もう日は沈み、夜がそこまで来ていた。

「あ・・・、ほんとですね。今日は、結局何もできなかったですね・・・」

我に返って彼の顔を見上げると目が合った。

「はい、また来ましょう」

穏やかにそう言った頼久の顔は、

どこか懐かしくて、どこか切なくて、どこか暖かくて、

あかねはずっと、心臓の鼓動が早いまま治まらなかった。

 

 

 

<終>

 

 

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「ハチクロ」映画の「人が恋に落ちる瞬間を見てしまった・・・」から恋に落ちる瞬間を書きたかったのですが・・・うまく書けず。相変わらず稚拙で申し訳ありません。読んでくださった方ありがとうございます。(あすか)