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「関係(前編)」

 

ざっざっざっと雑な玉砂利の音が響く。

足早に過ぎていくその音の主は、先ほどから、広い屋敷の中を行ったり来たりしていた。

(どこへ・・・行かれたのだ・・・?)

別段、そんなに心配することではない。

ただ、主の姿が見えないだけだ。

屋敷の中のどこかにいるのだろう。

なにせ、昨日、彼女は一日休むと言っていたのだから。

日々の怨霊との戦いで疲れているのだろう。そう思い、なるべくゆっくり休めるよう、今朝は、朝早く彼女の部屋を訪れなかった。

日も天に近くなりだしたころ、ご機嫌伺いに少し顔をだそうと思い彼女を訪ねたら、その部屋はもぬけの殻だった。
藤姫の下かと思い、そちらに参上してみると、藤姫は他の女房たちと貝あわせをしていた。そこに主であるあかねの姿はなかった。

「神子様ですか・・・?先ほど詩紋殿となにやらお話しておりましたが・・・」
その声を頼りに、詩紋を探してみると、

「あかねちゃん?さっきイノリ君と話してたよ。」
というので、イノリを探してみる。
と、どうやらイノリはすでに家に戻ってしまったらしい。門番に言わせると、イノリは一人で出て行ったようだ。

「頼久殿も、お役目ご苦労様ですな。」

そう、門番共は言う。

それは、頼久が龍神の神子であり、主であるあかねの身をいつも案じていることをさしている。
しかし、実際には身を案じているから今こうして探しているのではない。

頼久は、あかねに会いたいのだ。

姿が見えないことを心配しているのではない。
それよりも、ただ、愛しいあかねに会いたいのだ。
彼女のあの笑顔を見なければ、頼久の一日は始まらない。
思いを通わせた、大事な恋人。

それなのに、京を守る、鬼と戦う大切な時期なため、それを公表することができずにいる。
まだ、二人は秘密の関係。
それが、頼久をやきもきさせていた。
必要以上に、傍にいることができない。
他の男から神子を離すことができない。牽制できない。
なんといっても、彼女はとてつもなく愛らしく、フリーであればあるほど益々男が寄ってくる。
ただでさえ、今現在彼女の周りには仕方がないこととはいえ、たくさんの男がいるのだから。
堂々と恋人関係を公表しない限り安心できない環境にある。

自らの命も忠誠心も、この身の全ては彼女のものであると確信しているが、同時に、彼女を自分のものにしたいという欲求も当然ふつふつと沸き起こるのだ。

 

 

「よう、頼久!」

背後から友である天真が声をかけてきた。
最近、天真の前にでると、少々複雑な思いを抱く。
なぜなら、彼はあかねと仲がいい。
実際、天真があかねにいつも通りちょっかいをかければ、頼久は心中穏やかではなかった。

「な、頼久、あかね見かけなかったか?」
頼久自身も尋ねようとしていたことを先に問われる。
「天真も知らぬのか・・・」
「は?」
ぼそりと言ったことが理解できずに天真は頭を掻く。
「いや、私もちょうど神子殿をお探ししていたのだが・・・」
天真も知らないとなると、
(神子殿はどこに・・・?)
どこにもいないあかねに不安がよぎる。
「なんだよ、頼久もかよ。ったく、あかねのやつ。話があったのによ。」
その言葉に、はた、と何かに気づき眉をひそめる。
(神子殿を探しているとは・・・)
一体天真はあかねにどんな用事があって探していたのか、心がざわつく。
「しゃーねー、もうちょっと探してみるか」
そう言ってまた先へ探しに行こうとする天真を思わず頼久は引き止める。
天真のあかねに用というのが、気になって仕方がない。
言うべきではないと分かっていても、つい口をついてでてしまう。
「天真・・・・。神子殿に・・・どのような用事だ・・・?」
「はあ・・・!?・・・・・・何だっていいだろ、んなこと」
語尾を弱めながら天真は少し言いにくそうに目を逸らす。そのことに、頼久の眉尻がぴくりと動く。
(言えぬような・・・ことなのか!?)
ますます心中穏やかでなくなってくる。今にも天真を諌めてしまいそうだ。
眉をひそめている頼久、少し不機嫌な天真。
その微妙に不穏な空気の中にか弱い優しげな声が飛び込んできた。

「天真殿・・・?頼久」

突然の訪問者に二人はギロリと目を向ける。
その威圧に心優しい僧侶はびくりと怯えるように後ずさる。

「永泉様・・・」

頼久にとっては目上の人物。すぐさま対応を普段通りに戻し、姿勢を整え一礼する。
すると、少し安心したように、それでも空気を察して永泉は二人に尋ねる。
「何かあったのですか」
天真はふてくされたようにそっぽを向いて答える。
「あかねがいねぇんだよ。」
永泉は何かに気づいたように、聞き返す。
「神子ですか?」
「はい、神子殿のお姿が朝から見えませんゆえ・・・」
ふてくされた天真の変わりに頼久が答える。
少し考えたように間があってから永泉は遠慮深げに口をひらいた。
「あの・・・神子でしたら、先ほどすれ違いましたが・・・」
「どこで!?」
永泉の言葉に天真は大きく反応する。
「はい、ここに参る途中、二条のあたりで・・・」
「外じゃねえか!」
「神子殿・・・!」
突然声を張り上げる二人に、優しき僧侶はびくりと体を震わせる。
「ったく、永泉!なんでお前そのままにしておくんだ!何かあったら大変だろう!」
天真は前にでて永泉に詰め寄る。
一方頼久は急いで追いかけようと自然と門へ足が向く。
天真のガラの悪い目つきにおびえながら永泉はその時の様子を説明しだす。
「いえ、ですが・・・お一人でなかったので・・・大丈夫かと・・・」
「は?」
天真は思わず聞き返す。
頼久も永泉の話を聞こうと立ち止まる。
「一人じゃねぇって、どこの誰だか分からねぇやつじゃないだろうな」
睨みつけながら話す天真に、少し困りながらも笑顔で僧侶は答えた。

「はい・・・あの牛車は友雅殿の車のはずですので」

一瞬空気が止まる。

「!?」

「・・・あんのやろう〜〜〜」

 

 

<続>

 

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