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「雨の中」

 

 

「雨に降られるかもしれません。」

長身の武士は、そうポツリと言って空を見上げた。

「・・・頼久さん?」

すぐ隣に控える武士に倣って、あかねも手を額に添えて空を見上げる。

自分の真上は日が眩しく照らしているが・・・その先、東側の空はどんより暗い。

「やっぱ、梅雨ですね・・・」

この時期独特のむっとする空気。肌はべたべたする。梅雨はどの世界でも、湿度が高く、生暖かい空気がまとわりつく。

「今日はもう、引き返されたほうがよいのでは・・・・?」

頼久は自分の主を心配する。たとえ住まう場所である土御門から近場だとはいえ、人里離れた雑木林の中だ。雨に降られた場合、雨宿りも満足にできないかもしれない。

「いいえ。まだ大丈夫ですよ。行きましょう。」

あかねは彼の方に向き直って微笑む。

――と、額に添えていた手を下ろしたとき、偶然にもその手が頼久の手に少し触れた。

あかねは触れた肌の感触にドキっとしながらも、何事もなかったかのように、自然を装ってその手を離す。

頼久も、少し触れ合ったその手を強ばらせるが表情は変えない。

二人は、この小さな出来事に少し見つめあうが、お互いに「行きましょう」と手が触れ合ったことをまるで気づいていないかのように振舞い、先へ進む。

 

すでにお互いの想いを確かめ合っている二人。

恋人同士である二人。

 

しかし、昼間の散策の際には、それを持ち出さない。それが暗黙の了解のようになっている。この重要な時に、公私混同はできない。

第三者――他の八葉がいるときは、3人で仲良く普通でいられるのだが、

今日のように二人きりのお出かけの時は、それが逆に「二人」を意識させる。

それでも、甘い空気にならないよう、なんとかやっていけるのだが、先ほどのような、突然、偶然に起こる出来事には、やはり弱い。

 

手の触れた感触――骨ばった手のさらりとした肌の感触と、その体温が自分の手に焼き付いている。

(本当は、手、繋ぎたいな)

雑木林の中、少し前を歩く頼久を見ながらあかねはそう思うのだが、何せ、どんなときでも主と臣下という関係を崩さないほど真面目な頼久だ。自分だけ甘えたことは言ってはいけない。

(頼久さんて、ホントお役目大事なんだな。恋人同士になっても主従関係・・・だし)

そんなことを考えていると、少し気分が沈む。大事にしてもらっていることは、よく分かる。しかし、忠誠と自分に対する恋心と、どちらで自分に接しているのだろうか。

 

 

 

そんなことを悶々と悩んでいると、鼻先にぽつ、と生ぬるい感触を感じる。

「あ・・・」

手の甲、頬に次々と雨を感じ、着物にも所々染みができはじめている。

「降ってきましたね・・・」

頼久は、ばっと自らの獣柄の上着を脱ぎながら、空を見上げた。そして、さらに、その下の衣に手をかける。

「頼久さん?」

頼久の着物が着崩れていく中、徐々に雨が強くなってきた。辺りも暗くなってくる。

「神子殿、さきほど・・・半時ほど前に通りかかったところに小さな神社がございました。とりあえず、そちらへ。」

そう言うと、急いで脱いだ自らの衣を神子にかぶせる。

(・・・・え?)

ふわりと、頼久の匂いに包まれる。

「雨よけに、こんな見苦しいものしかご用意できず、申し訳ありません。・・・ですが、今は一刻の猶予もございません。とにかく急いで向かいましょう」

雨よけ・・・。

その衣は、さきほどまで頼久が纏っていたため、ほんのりとその温もりがある。

それにドキドキしながら、あかねはあることに気づく。

「え、でも、頼久さんは?濡れちゃうよ。一緒に入ろうよ。」

被せられた衣の隙間から上着を再び纏う頼久を見上げてあかねは言った。

雨よけに用意してくれた頼久の衣は自分にしか被されてない。これでは、頼久が濡れてしまう。

「いえ、私は濡れても構いませんゆえ・・・」

頼久らしいといえば、そうなのだが、あかねにとって、この頼久の主従関係たる態度はやはり嬉しくない。なんと言っても、先ほどまでそんなこと悩んでいたのだから、なおさらだ。だからこそ、つい強く反発してしまう。

「だめ!一緒に入ってください!」

「神子殿・・・?」

「風邪でも引いたら大変でしょう?頼久さんも一緒に入りましょう!」

あかねは自分に被せられた衣を持ち上げ、頼久にも被せようとする。

主の命令には背けない。いや、むしろ、このように頼久の身を案じる時、あかねは頑として言い張って自分の気持ちを曲げないことを頼久はよく知っている。

「・・・・・・神子殿がそう仰るのであれば・・・」

そう言って、神子の手から衣を受け取り、両手で持ちながら、そのまま自分と神子を包み込むように上から覆った。

頼久の逞しい体がぴたりと自分の体にくっついているのを感じて、

あかねの心臓がドキンと跳ねる。

「では、神子殿、急いで参りましょう」

 

 

 

空は暗く、雨はますます強くなり、本降りになってきた。

前もはっきりと見えなくなる中、

二人は寄り添って小走りに走った。

頼久の衣が多少の雨は防いでくれるが、やはり所々べったりと濡れて、その感触が気持ち悪く、変に生々しい。

高い湿度によって重くなった、むっとする空気は、自分を包む頼久の匂いをそこに留まらせ、あかねの心臓はどんどん高鳴っていく。

「神子殿、あそこです。」

小さな鳥居をくぐると、やはり小さな社があった。あの屋根の下なら、すこしは雨宿りができそうだ。

 

もう数歩で社に届くという時、

少し安心して、ふと頼久を見上げたのと、頼久があかねを見下ろしたのは同時だった。

 

(あ・・・)

 

二人の視線が絡む。

うるさく響いていた雨音が意識から遠のいていく。

被さる衣は、二人を世界から隠して、そこだけ切り離す。

視界には、雨に濡れたお互いの姿しか入らない。

 

――それは、当然のことのように思えた。

 

それが全て、そのようなシナリオであるかのように、

そして、そうなるべきかのように。

そこには理由なんてない。

 

ただ、お互い、そうなるだろう、と思って、

ごく自然に、

 

顔を近づけ、

 

目を瞑り、

 

―――唇を合わせた。

 

 

甘い甘いしびれが全身を襲う。

頼久の口付けは、いつもの軽い、触れる口付けではなく、さらに深いものだった。

あかねは慣れない感覚にふるふると少し体を強ばらせるが、

自分を包む頼久の匂いにずっと酔っていたのか、頭は朦朧とし体に力が入らない。

 

二人はそのまま口付けを交わしたまま、なだれ込むように神社の屋根の下に入る。

頼久は、傘の役割をしていた自らの衣を手離し、その手をあかねの背に回す。そして、さらに深く口付ける。

少し荒々しく、力強く熱っぽいキス。

自分の吐息も奪われ、口元には頼久の熱い吐息が流される。

あかねもたまらず、自分の手を頼久の首に回した。

 

もう、どうなってもいい―――

 

そう思ったとき、

全身の力が抜け、ずるりと体が崩れそうになり、あわてて頼久がそれを支えた。

 

「あ・・・・・・」

 

その瞬間、先ほどまで遠のいていた雨音が、突然耳に舞い込んできた。

その音に、お互い我にかえる。

 

一瞬の間の後・・・

「っ・・・・申し訳ありません!神子殿!!」

弾かれたように、頼久はあわててその場に跪いた。

頼久の支えがなくなって、ふらふらとあかねもその場にしゃがむ。

「え・・・・・?」

全身を襲う甘い痺れの余韻に浸りながら、あかねも事態をはっきり認識してくる。

先ほどのキス・・・・・・

まだ、唇は、じんとしびれている。

あかねは、顔が熱くなっていくのを感じた。心臓の鼓動は早い。

「えっ・・?えっ・・・?」

(さっきの・・・。えっ・・・?本当に頼久さん・・・?)

目の前で真っ赤になって俯いている武士は、髪は雨に濡れ、着物は乱れており、それらが元々の端正なその顔を、どこか艶っぽくさせていた。

先ほどの熱いキスを交わし、男の色気を発している人物と、普段の頼久・・・。その違いにドキドキする。

(あんな頼久さん・・・はじめて・・・)

あかねは込上げる熱を抑えるかのように自らの身をきゅっと抱きしめ、頼久を見つめた。

「その・・・ずっとあなたに触れたく思っておりましたが・・・公私混同など許されないことと思い、耐えておりました。しかし・・・つい・・・あのような・・・」

口元に手を当て、真っ赤になっているその姿。思わずかわいいと思ってしまうのは、恋心の故なのか。心臓が、心地よくぎゅうっと締め付けられる。そして、自分への想いに嬉しくなる。

(頼久さんもだったんだ・・・)

あかねは、喜びと冷めない高ぶりから少し震える自身の手を、そっと頼久の手に触れた。

「・・・神子殿」

偶然手が触れ合った時から、ずっと触れたいと思っていた頼久の手。

今は何も気にせず、その手にしっかりと触れることができる。

「たまには・・・デートしましょうね」

頬をほんのり染めて微笑む。恥ずかしくて、頼久の目は見れないけれども。

「は・・・でーと?」

頼久はあかねの言葉の意味が分からず、何と答えていいのか困っている。

あかねは、くすくすと笑って、重ねた手を握った。

 

 

雨は、降り続く。

 

「雨、止みませんね」

「本当に・・・」

「ちょっとは小降りになったかな」

「はい。もう少し雨足が弱くなりましたら、屋敷に戻りましょう」

「・・・はい。」

「・・・・・・」

「でも、もうちょっと、こうしてたいな」

「・・・み、神子殿・・・」

 

雨は降り続く。

 

二人は、お互いの手と手を握り締めて

 

しとしと降る雨を眺めていた。

 

 

 

<終>

 

 

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ちょっと強引ですね・・・色んな意味で。文章もメチャメチャだし。勢いで書いたので、機会があったら、改訂したいです・・・。

今回は、頼久さんを脱がせたかった(!)のと、ちょっと二人を濃い目にしたかったのと。でも、結局終わりはこのパターン。頼久さんて、耐えて溜め込んで一気に爆発!みたいな感じなので、やっぱこうなっちゃうんでしょうか。それにしても、この二人って、爆発して盛り上がっちゃったら、一気にその先いっちゃいそう・・・。その先は書きませんが・・・。

ダメ文読んでくださった方、ありがとうございます。(あすか)

 

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