|
思春期
「あーっ、なんか、かーっとバイクかっとばしてーな」 「天真君」 少し力の抜けたように叫ぶ天真を見て、あかねはクスっと笑う。
久しぶりに同級生同士である天真とあかね、そして後輩の詩紋の3人が揃った。 とはいえ、3人が集まっているのは、学校の教室でも屋上でも公園でもカラオケでもファーストフードのお店でもファミレスでもない。 広く手入れされた庭、そして大きな寝殿造り。そしてその一角の部屋の前。 あかねは簀子縁に座り、天真と詩紋はそこにかかる階段に腰をかけている。 自分たちの世界から平安の京の世界に飛ばされて、どのくらい日がたっただろうか。 この世界にもずいぶん慣れ、生活においても何の支障もなくなってきていた。 それどころか、最近楽しい。 何が楽しいのか、あかねには分かっていなかった。 毎日、龍神の神子として、京の町を救うべく町のあちこちを奔走する。 龍神の神子を守ってくれる八葉と共に。 八葉のみんなとも最近は仲良くなってきた。 特に、天の青龍である源頼久にいたっては、ほぼ毎日あかねに仕え、行動を共にしていたゆえか、あかねにとって、一番信頼できる人物となっていた。 八葉との絆も深まり、京を救うことにも希望が持てるようになってきた。 あかねには今、ここに飛ばされたことに不安も恐怖もなくなっていた。
しかし、慣れたとはいえ、やはり育ってきた世界とは全く違う。 時間の流れがゆっくりで、社会や制度の違うこの世界は、やはり少し現実味に欠ける。 だからこそ、この世界の人間でない3人が集まれば、話題に上がるのは、やはり身近でずっと慣れ親しんだ話題。 元の世界のこと。
やはり、今現在実際に、目にしているものは京という世界だけど、 生まれ育った世界の話のほうがリアリティがある。 そうなれば、懐かしむのは必然のことだ。 急に、元の世界での欲求がよみがえってくるものなのかもしれない。 「天真君は、ずっとバイク乗ってたもんね。バイク好きなんだね。」 あかねは天真がバイクに乗っていた姿を思い出す。 「そうだな。天気のいい日なんか気持ちいいぜー?ま、元々蘭を探すのに移動手段があったほうがいいから免許取ったんだけどな。車は年齢的にまだ無理だし。」 天真は少し懐かしそうに目を細めて天をあおぐ。 そんなあかねと天真の会話を聞いて、詩紋も目を輝かせて言った。 「バイクってかっこいいよね。僕も乗ってみたいなぁ」 それを聞いて、天真とあかねが一瞬固まる。 「詩紋が?お前にバイク乗れるかあ?」 「詩紋君はバイクって感じじゃないね。原付ならいいかも」 先輩たちの容赦ない反応に詩紋は少しシュンとなる。 「やっぱ、ぼくじゃ無理かな・・・」 そんな詩紋をやはり先輩らしく天真は軽くなだめる。 「ま、どっちにしても年齢的に無理だな。」 「バイクっていくつから乗れるの?」 「16歳じゃなかったかな。」とあかねの質問に詩紋が答える。 「へー、じゃあ、八葉の中だと、イノリ君と詩紋君以外は免許取れちゃうんだー。」 自然と今回りにいる人たちを話題に入れてしまうのは、やはり彼らが仲間だと自然と頭に染み付いているからだろう。 「永泉さんも?」 詩紋は、年齢は割りと近いけれどバイクの似合わなさそうな、優しげな僧侶の名をだす。 「あいつは無理だろうなー。性格的に。」 「怖がってそうだしな」と想像してにやっと天真は笑う。 「しっかし、それを言うなら、俺たちとイノリ、永泉以外の奴らは車乗れるんだぜ?」 「わー、想像つかない。」 今まで、京の人間は、京の人間として見てきた。 いざ、現代に当てはめてみると、意外と不思議な感覚に陥る。 同じ八葉として、龍神の神子を守ってきた仲間。 それは、同等の立場でいたため、年齢は知っていても、その年齢差にさほど実感はなかった。 まして、京という生活の中。年齢をはっきりと区別させる学年や、学生と社会人なんて区別もない。 こうして、現代に置き換えて考えてみると、どこか違和感を感じるが、同時に彼らを身近にも感じる。 それはやはり、自分の全ての価値観や感覚が現代のものであるからだろうか。 「鷹通だと・・・大学生くらいだから、もしかしたら教習所に通ってるかもな」 「おもしろい!すごくまじめな大学生って感じがするね。」 話はどんどんヒートアップしていく。 「泰明も大学生だよな。永泉は、俺とタメだから・・・っつても俺はだぶってるから、あいつ1学年上かよ。」 天真はちょっと悔しそうに舌打ちする。 「イノリ君も僕と同じだから、中3だね。イノリくんが同じクラスだと楽しいだろうな」 学校生活で楽しい思いをしていない詩紋は目を輝かせて想像する。 「あと、頼久と友雅はバリバリ社会人だな、やっぱ。」 (頼久さんと友雅さん・・・社会人・・・) 社会人といって一般的に想像されるサラリーマン。 あかねは頼久と友雅のスーツ姿を思わず思い浮かべる。 (か・・・かっこいいかも・・・!) おもわず、きゃーと叫びたくなるが、二人の手前その衝動を抑える。 「友雅さんは、やっぱり、仕事も遊びも派手な社会人だろうね。やっぱり女の人と遊んでるのかな」 詩紋がおかしそうに笑って言った。 同じように、天真も笑う。 「あいつは、超遊び人だろうな。バーとかで女口説いて、そのままお持ち帰り、みたいな」 「ちょっと、天真くん〜」 これだから男の子は・・・、とあかねは天真のちょっと過激な発言に少し赤くなる。 詩紋も天真の話にのっかる。 「携帯にもすごい女の人の数のメモリが入ってそう〜」 「それと反対に、頼久のやつは、黙々と残業してそうだよな。」 自分の相方の仕事姿を想像して天真はにやにや笑う。 「そうだね、頼久さんは真面目だもんね。」 詩紋も同調する。 「この頼久、命をかけてこの会社に尽くします、みたいな・・・」 くっくっくっと笑って悪乗りしだした天真にあかねは少しむっとする。 「ちょっと、天真君ー・・・」 はいはい、とばかりに手を振って、少し落ち着いた天真は改めて言う。 「それにしても、なんか想像すると面白いな。」 「ホントだね。僕たちは、京の人たちはこの世界での姿し知らないもんね」 「しっかし、現代人に当てはめてみると、なんか年の差をリアルに感じるな。友雅、30だろ?ま、こっちでもそうだけどよ、結婚しててもおかしくないよな。頼久も、いい歳じゃねえ?」 「・・・え?」 なぜだか分からないけど、あかねは心臓が一瞬止まったような気がした。 「そうだよね。みんな結構年上なんだよね。真面目な鷹通さんとかも恋人とかいるのかな。」 一番下の詩紋はなんだか複雑そうな表情を浮かべる。 「そりゃ、大学生くらいの年なら、いるのが普通じゃね?ま、泰明は・・・ちょっと変わってるからなんとも言えねーけど。やっぱ、だいたい俺らくらいからみんな付き合いだしたりするわけだし。」 話の内容が少しずつ恋愛の内容にズレてきた。 「えー、そっか。八葉みんなのそういうことって考えたことなかったな。」 詩紋が何か考えるように少し首をかしげる。 「まあな」と天真は頭をかきながら言った。 「そういう話でねーもんな。友雅以外は。考えたくねーけど、年齢的に、頼久だって女の1人や二人いるのかもな。」 それを聞いたとき、あかねの中で心臓が跳ね上がった。 さっきまでの浮かれた気分が一気に消える。 ちくしょう、なんか悔しいぜ・・・と、男としてのプライドからなのか、何かとライバルな頼久に負けた気がして天真は少しふてくされたようにぼやく。 あかねは、天真の声を遠くにしか聞いていなかった。 (頼久さんの・・・女経験?) ひんやりとしたものが背筋を通ったような気がした。 25歳といえば・・・ 当然恋人の1人や二人いても、おかしくない。 (でも・・・なんだろう・・・?) この嫌な気持ち。 頼久に女がいる・・・。 なぜかそれを認めたくなくて、想像もしたくないのに、はっきり知りたいような焦りにも似た気持ちだ。 頭をガンと何かで打たれたような、 そして心には重い重い錘でもあるかのような。 (なんだろう・・・?)
「神子殿・・・どうかされましたか?」 「え・・・?」 毎晩、警護のためあかねの部屋の前にやってくる頼久。 最近では、あかねも縁側にでて、しばらく自分の部屋の前に立つ頼久とたわいのない会話をするようになっていた。 今日も、頼久はあかねの部屋の前にやってきて、あかねも縁側にでていた。 しかし、頼久の目には、あかねの様子はいつもの明るい彼女ではなく、元気がないように見えた。 実際、あかねの気分は最悪だった。 あかねは昼間の天真たちとの会話をひきずっていた。 あれからずっとある、重い気分。 頼久に恋人がいるのか、いないのか。 その疑問がなぜかずっと頭の中をぐるぐるしている。 この嫌な気分はどうしたらいいのだろう? 頼久に実際聞いてみたら消えるのだろうか? あかねはしばらく黙って、それから少し意を決意したかのように口を開いた。 「頼久さん・・・」 「なんでございましょう?」 「頼久さんは・・・」 ――恋人いるんですか? 知りたい、でも知りたくない。 「・・・・・・」 「神子殿・・・?」 聞き返された途端、やっぱり恐怖に似た気持ちが沸き起こって、口をつぐんでしまう。 「何でもないです!」 頼久の顔が見れない。 なぜか、自分の心臓の鼓動が早い。 「神子殿・・・?」 どうしてだろう。 あれからずっと、心はざわついて、重くて、苦しくて、 頼久に対してイライラする。 「っ・・・もう頼久さん、私のことはいいですから。警護はいいです!」 ばっと御簾をめくって、自分の寝所へいく。 「神子殿!?」 背後から頼久の自分を呼ぶ声が聞こえた。 その声に、なぜか心が痛む。 こんなこと言いたいわけじゃない。こんな態度とりたいわけじゃない。 心がぐちゃぐちゃだ。こんな自分は嫌だ。 あかねは悔しくて涙で視界が揺らぐ。 (どうしてこんな気持ちになっているんだろう) 全てをシャットアウトするかのようにあかねは布団にうずくまった。
それからどのくらい時間がたったのだろう。 ふとあかねは目を開けて布団から顔をだす。 少し眠っていたような気がする。
御簾から明かりが漏れる。外は青白く明るい。 そこに影が一つ。 (頼久さん・・・) あかねは、のそりと布団からでて、御簾に近づいた。 「頼久さん、まだいるんですか?」 「神子殿・・・?」 あかねの声がして、頼久は御簾の方に向き直る。 「はい。神子殿を守るのが私の務めにございます。私の命に代えても神子殿はお守りいたします。」 「それに・・・」少し間をおいて頼久は言葉を続けた。 「今宵は月がきれいです。こうして眺めているのもよいかと」 (月・・・?) あかねは少し上半身をかがめて御簾越しに空をのぞき見る。黄色くまん丸い月が高く上がっていた。 「ホントだ・・・」 もう少しちゃんと見ようと、御簾を上げ、すのこ縁にでてみる。 御簾ごしでない月はしっかり輝いていて、世界を明るく照らしていた。 「本当にきれい・・・」 そんなあかねを見て頼久は微笑む。 「少しでもお元気になられたでしょうか・・・」 その言葉にあかねはばっと頼久の方を見る。 「え・・・?」 「いえ、先ほど、何か思い悩んでいらっしゃるようでしたので・・・」 前にいる頼久と目があう。 頼久の目を見たとき、あかねの中で一つの気持ちが浮かび上がった。 ――頼久さんに恋人がいるなんて嫌だ この気持ちは気づいたとき、急激に膨れ上がってくる。 全てのパズルが揃ったかのように、 歯車が全て合致して回りだしたかのように、 何か急速に世界が動きだした。 全身から何かがこみあげてくる。 ――私・・・頼久さんのこと・・・ そう思ったとき、急に心臓の鼓動が早くなった。 顔が熱くなってくる。 「だ・・・大丈夫です。ありがとうございます・・・。」 頼久の顔がまともにみれない。あかねは頼久から目をそらす。 「あ、あのもう寝ますね。おやすみなさい・・・!」 あかねは逃げるように御簾の中に入っていった。 それでも、心臓の鼓動は治まらなくて。 本当はずっと頼久の近くにいたくて
あかねはしばらく頼久の存在を感じる御簾の傍から 離れられなかった。
|