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源の武士、頼久は日ごろにないほど緊張感を高めていた。
冷や汗が背筋をつたう。
一分の気の緩みもおきないよう、自らをいましめ、体の隅々まで神経を張り巡らせる。

そうでもしなければ、

理性を飛ばし、男としての欲望に自分が支配されそうだったから。
愛しい少女を目の前にして。
「ね、よりひささん・・・」
頬をほんおり紅くし、目は潤み、艶っぽい声を投げかける。
体はぴったりとくっついている。
普段と違う彼女。
彼女は今、酒で酔っている。

ことのはじまりは、八葉の一人である橘少将友雅が「いい酒が手に入ったから」ということで、この左大臣邸におすそ分けに来たことが発端だった。
それを見つけた天真は酒に目がないイノリを誘い、他のメンバーも集めて、宴会をしようと言い出した。
龍神の神子であるあかねは「お酒は飲めないよ」と言っていたが、みんなが集まるなら・・・ということで、形だけ出席していた。
そこに藤姫も加わり、みんなで宴となったのだった。

その宴の半ば、天真が異変に気がついた。
「おい、ちょっ・・・誰だよ、あいつに飲ませたヤツ〜」
楽しく賑わう空気の中、彼はあかねの様子がおかしいことに気がついて、慌てたように立ち上がる。
「あかねちゃん?」
彼の言葉に、後輩である詩紋も少女の様子を気遣う。
あかねは、少し眠たそうな目をして、隣に座る友雅に寄りかかっていた。
「友雅殿・・・。あれほど神子殿は断っておいででしたのに・・・」
真面目な青年はあきれたように言う。
「いやね、鷹道。私はほんの一口勧めただけだったのだがね」
「嘘つけ。てめー、どうせあかねにどんどん飲ませてたんだろ?」
不機嫌そうに、天真は友雅をにらむ。
「お酒を薦めたのは一口だけだよ、天真。」
友雅はふふっと笑って、自分の腕にかかる手をやさしく握って、その手の持ち主である少女の耳元にささやく。
「ねぇ、神子殿?」
彼女は頬をほんのり上気させて、トロンとした目つきで、友雅に顔を向ける。
「ともまささん・・・?」
そのしぐさは、普段の純粋無垢でかわいらしい少女からは想像できないほど艶っぽく、友雅自身も驚く。
そして、そこにいる全ての者が、そのあかねの様子に一瞬息を呑む。
「神子殿・・・。とても色っぽいね。花に誘われて、私も酔ってしまいそうだよ・・・」
「ともまさぁ!」
あかねを口説きはじめた友雅に、天真は怒りをあらわにしてズカズカと二人に歩み寄る。
先ほどから友雅に身を寄りかけているあかねの身をぐいっと引き離し、あかねの肩に手をかける。
「あかね、大丈夫か?」
その声にあかねは首をかしげるようにして、天真を見る。
「てんまくん?」
その、色っぽい表情を間近で目にし、天真は、少したじろぐ。
天真は観念したかのように、はぁーと大きなため息をついて、幼い少女に目を向けた。
「藤姫・・・こいつ、もう部屋に戻してやってくれ・・・」
藤姫は天真を少し不思議そうに見て「・・・そうですわね、神子様も少々お休みになりたそうですものね」と天真の意見に賛同する。
彼女は、天真は「あかねが眠そうだから部屋にもどす」と言いたいのだと理解し納得したらしい。
やはり、幼い少女には男が感じ取るあかねの色気が分からなかったようだ。
「それでは・・・」
あかねを部屋に戻すため、藤姫は何人かの女房をよこした。
「さあ、神子様、お休みなさいませ」
「うん、ふじひめ、またあしたね。みんなもね。」
あかねはそう言って、部屋に戻るため腰を起こそうとしたが、
「あれ・・・?」
どうやら足元がおぼつかないらしく、女房にもたれてしまい、またそれを支えられない女房とともに、そのまま床に崩れてしまった。
「まあ、どうしましょう・・・」
着物を着込んだ女房たちでは、自分の力でしっかり立てないあかねを送ることは難しそうだ。

「それでは藤姫、私が神子殿をお送りしようか」
一部始終を見ていた友雅は、ごく自然な流れでさらりとそう言いのけてあかねの手をとる。
「おっさん!てめー、変なこと考えてねーだろうな」
「怖いね、天真は」
「まあまあ、天真殿。友雅殿にもお願いするわけにはいきませんわ。」
そう言って藤姫は室内を見渡し、ある人物のところで視線が止まる。
ギクリとその人物は硬直する。
「頼久、神子殿をお願いします」
命令を受けた頼久はどうしようもなく、ただ頭を下げた。
「は・・・」

そうして、頼久は酔ったあかねを部屋まで送ることとなったのだった。
しかしそれは、頼久にとってはとても抵抗あることだった。
できるなら、あの時、藤姫に命ぜられたとき、断りたい気分であった。
なぜなら、
あかねは頼久にとって、想いを寄せる人。
そして、想いを寄せてくれる人。
このようなあかねを目にして、二人きりになったら・・・
(このままでは、持たん・・・)
そう、あの宴の最中、
頼久は臣下として当然あかねの様子を気にかけていたのだが、いつの間にか、あかねは酒によっていたらしく、気がついたら、なんとも艶っぽいあかねが自分を見ていた。
その視線を合わせることができず、身じろぎ一つできずにいた頼久であったが、
ふとあかねを見ると、彼女からまるで熱い視線を送られているようで、
ひたすら平常心を装うので精一杯だった。
そんな時、この状況はありがたいようで、ありがたくない。
自分が何かしでかしてしまいそうなのが恐ろしい。
そして、そうならないために自分を抑え、耐えることが、辛い。
なるべく早くあかねを部屋に帰して別れようと思っていた頼久であったが、
あかねはというと、庭にでて少し話しをしようという。
頼久にそれを断れることもなく、今は庭の一角大きな石に二人腰掛けている状態だ。

「神子殿・・・そろそろお部屋に戻られたほうが・・・」
「やだ。」
そういって、隣にならぶ頼久の体に、甘えるようにもたれかかる。
頼久はさらに硬直する。
腕に感じるあかねの体の柔らかさと温もり、ふわりと香る梅花の甘い香り。
自らの体にも酒が入っていることもあって、さらに体は火照る。
一瞬くらりと意識を失いそうになる。
「よしひささん、わたしー、こうしていられてすごくうれしいの。」
心拍数が上がっていく。
もうはちきれんばかりに脈打つ。
思考はぐるぐるまわっているのか、それとも停止しているのか、何も考えられない状態だ。
(い・・・いかん・・・)
そこにあかねは追い討ちをかけた。
きゅっと頼久の腕にしがみつき、幸せそうな表情で言った。

「よりひささん、だいすき・・・」

かっと体温が急上昇したような気になったと思ったら、何かが頼久の中で飛んだ。
「ひゃっ・・・?」
いきなりの出来事に、あかねから声が漏れる。
神子の背と膝下に手を回し、その体を持ち上げ、そのまま神子の部屋へ一直線に向かった。

 

一方宴会場では、頼久が未だ戻ってこないことに、男7人の不毛な会話が広がっていた。
「頼久のやつ遅くねー?」
「・・・」
「大丈夫・・・だろ?あいつは、飼い主には手ださねー・・・だろ?」
「そうだよ、頼久さんだもん。ちゃんとあかねちゃんを送って・・・」
「そうかな、頼久も男だからね。」
「友雅殿・・・。どなたとは違うのですから」
「そうかな。じゃあ、この遅さを君はどう説明するんだい?あのような神子殿に君は心を動かされなかったと言えるのかい?」
「そ・・・それは・・・」
「そんな・・・神子・・・」
「神子の気と頼久の気がすぐ近くにある・・・」
「くっそ、頼久!あいつを引っ張り出してきてやる!」
我慢できなくなって、今にも突っかかりそうな勢いで天真が立ち上がったところを、藤姫が声をかけた。
「天真殿、どちらへ行かれるのです?」
「あかねんとこだよ!頼久のやつをひきずり出してやる!!」
「天真殿!?それはなりません・・・」
「藤姫、あかねの身があぶねーんだよ!」
「頼久を呼び寄せることの方が、神子殿が危険です」
「はぁ?」
「頼久は神子殿を送って、そのまま警護にあたったのでしょう?」
「へ?警護?」
すすすと追加のお酒やらなんやらを持って室内に入ってくる女房たちも言う。
「頼久なら、いつもの用に神子様のお部屋の前に立ってるのを見かけましたわ。しかし、今日はなにやら鍛錬もしているようでしたけど・・・」

一瞬間があって、その言葉に納得そして安堵する7人の男たち。

「頼久・・・浮かばれない男だね・・・」
扇をぱらりと広げて、友雅はふふふと笑った。

 

そして神子の部屋の前では、、、
必死に刀を振る武士の姿。
(私は未熟者だ・・・)
自分の心の乱れを激しく叱咤する頼久。
先ほど、どうにも我慢ができなくなり、「もうだめだ」と自分の限界を思った頼久は、一向に動こうとしない彼女を抱き上げ、強引に部屋に戻した。
彼女の部屋に着いた頃には、あかねは頼久の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。

しかし、それは、最も危険な状況を作り上げる要因が揃ってしまったということ。
それに気がつかなければ、鉄の理性をもつ頼久のことだ、欲望もちらりと顔をださなかっただろう。

暗い部屋、二人だけ、意識のない彼女・・・

誰も見ていない。知っているのは自分だけ・・・

それを意識したとき、自分の意思とは関係なしに体が動いた。

そして、すぐそばにあるあかねのその美しい寝顔と、
吐息のもれるやわらかそうな唇に、

思わず口付けをしてしまった。
何度も。

そのまま寝かせるために褥に横たえたとき、その流れで彼女の華奢な体に自然と覆いかぶさってしまいそうになったが、
さすがに自制心の強い頼久、そこでわれに返り、はじかれるように身を起こし慌てて表にでた。

(なんたることだ・・・!)

自分のしでかしたことを振り返る。なんともいえない恥ずかしさと、情けなさがこみ上げてくる。
頼久は、自分を戒めるため、そして、高ぶってしまった気持ちをどうにかするため、いてもたってもいられず、それからずっと刀をふり続けている。
自分を呪いながら、心痛な面持ちで、悶々とした気分が晴れるまで、
頼久の、その剣と精神の鍛錬は朝まで続いた・・・。

 

次の日
「おい、二日酔いになってねえか?」
いつものように、庭であかねと天真が会話をする。
「天真くん、本当に私、酔ってたの?」
「なんだよ、覚えてないのか?かなり酔ってたんだな。まあ、足元もふらふらだったしな。」
「おかしいな。本当になんで私酔っちゃったのかな。記憶もないし・・・。お酒飲んでないよ?」
その二人の会話を数メートル離れて頼久は聞いていた。一晩中寝ずに刀を振り続けたためか、それとも耐えに耐え抜いた精神的疲労でか、
頼久は疲れた様子で二人を眺めるように立っていた。
そこに耳元にささやくような聞きなれた艶っぽい声。
「昨晩はどうだったかい?」
心臓が大きく跳ね上がり、反射的に振り返るとそこには友雅がいた。
少しだけやましいことのある頼久は、急に心拍数があがる。
「な、何を・・・」
できるだけ冷静に装おうとする頼久を、友雅は扇で口元を隠し、ぼそぼそと内緒話をするように語りかける。
「何をって、決まってるじゃないか。酒に酔った、なんとも色っぽい神子殿を送っていっただろう?」
「とっ友雅殿。どなたかとはご一緒になさらないでください・・・」
少しの罪悪感を感じながら頼久はなんとかこの場を乗り切ろうとする。
「頼久、ふふふ、そうではなくて、神子殿は酔いがかなり回っていたけど大丈夫だったか尋ねてるのだが・・・?」
「・・・!」
あらかじめ狙いが定まったかのような会話。
意地悪そうに微笑みをたたえ扇で口元を隠す。
「まあ、藤姫からの信頼も厚い。神子殿に対する忠義も並ならぬものだ。まさか、その頼久が何かしでかすとは誰も思っていないよ・・・?神子殿はきっと無事に何事もなく部屋に送っていったのだろうから・・・ね」
嫌な汗がじわじわでてくる。
昨晩の失態が脳裏に浮かぶ・・・。
友雅に見透かされているような気分になるが、頼久は何とか苦し紛れの言葉をつむぐ。
「・・・神子殿は、必ず・・・お守りいたしますが・・・」
「信頼してるよ、頼久」
友雅は、思い通りの反応をしてくれた頼久を尻目にふふふと満足気な笑いながら天真とあかねに近づいていく。

「友雅さん、私やっぱり酔ってました?」
自分が酔っていた記憶も、お酒を飲んだ記憶もないあかねは、やはり友雅にも同じ質問をする。
「普段の神子殿もいいが、昨晩のお酒の入った神子殿はまた、とてもかわいかったよ・・・」
艶っぽい視線をあかねに投げかける友雅に天真はすかさず突っ込みを入れる。
「おっさん、いつでもどこでも口説くなよ!ったく、てめーが酒を飲ませたから、昨日はあんなことになったんじゃねえか」
二人のやりとりを見ながら、やはりあかねは腑に落ちないようにつぶやく。
「でも、私、お酒飲んだ記憶ないんですけど・・・」
「ああ、それはね、始めから神子殿の飲み物には少し酒が混ぜてあったのだよ。私がお酒を薦めたときには、かなり酔っていたようだったがね。」

「えっ?」
「は・・・?」

「しかし、神子殿も結構飲むね。あれなら大丈夫。君も飲めるよ。」
つまりは、純お酒は一口だけれども、あかねははじめからお酒を飲まされていたと。
「神子殿、また共に盃を交わそう。今度は二人っきりでね・・・」
「とっ 友雅さん・・・!」
楽しそうに笑う友雅に、切れた天真の声が響く。
「友雅あ!!」
と同時に、
数メートル離れたところから、ブチッと何かが切れる音が聞こえてきた。

 

<終>

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定番な、しかも意味のないお話ですが、そろそろ宴会シーズンってことで。
そして、あくまで頼久さんはストイックということで。耐える頼久さんを書きたかったということで。
ホント、何の意味もない話ですが、何も考えず読んでいただければ幸いです。読んでくださった方、ありがとうございます。(あすか)

 

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