あなたに届け!(4)
手に握る紙袋。
その中には、赤やピンクや白などで包装されたいくつかの箱が入っている。
なぜだか、今日一日の間に手渡された箱たち。
そうえいば、同僚がそれを見てうらやましがっていたのを頼久は思い出す。
(一体、今日は何の日なのだ?)
この世界に来てからというもの、なじめないお祭り騒ぎがたくさんある。
京にいたころの、神仏に関する祭り、収穫を祈る祭りなどとは違うものが多い。
確かに、ここ数週間、そわそわした雰囲気が街中にあった。
店にはでかでかとハート型やリボンをかたどった広告が掲げられていた。
(・・・ばれんたいんでー?)
どうやら、女性が男性に贈り物をする日のようだ。なぜだろう?どんな意味があるのかさっぱり分からない。
いくつかの紙袋を携えて、家に帰る。
鍵を開けると、見慣れた靴。
どうやら今日も彼女は来てくれているようだ。心が温かくなる。
「あかね殿・・・?」
奥の部屋の扉を開けて彼女は顔をのぞかせた。
「あ、頼久さん!おかえり・・・なさい・・・」
そこで、彼女の表情が曇る。
靴を脱いで部屋に上がろうとした頼久は眉をひそめる。
「どうか・・・なさいましたか?」
愛しいあかねの様子がおかしいということに、頼久の気は焦る。
「え・・・その、それ・・・」
頼久は彼女の視線の先を追うと、彼女の気にかかることが自分の手に持っている紙袋であることに気づく。
「あ・・・ばれんたいんでーということだそうで、今日頂きましたが・・・?」
話していくうちに、彼女がどんどん沈んでいくのが分かる。
「あかね殿・・・?」
あかねはしばらく黙っていたが、少し考えてからぽつりぽつりと話しだした。
「バレンタインってのは、女の子が、お世話になった人や好きな人にチョコをプレゼントするの・・・。女の子が、ずっと好きだった人に告白だってするの・・・」
告白・・・。プレゼント・・・。手に持つ紙袋・・・。
頼久は、話を順序だてて整理してみる。
「つまり・・・」
つまり、あかねが思ったのは・・・。
「告白・・・されなかった?」
今日一日を思い返してみる。
(告白など・・・。ばれんたいんとは、この箱にはそのような意味が・・・)
しかし、やましいことなど一つもない、と頼久は思っている。
「いえ・・・。」
「本当?」
どこか心配そうに、あかねは頼久の顔を覗き込むように見上げる。
どんなことがあろうと、他に気をとられることなどない。
頼久はしっかりとあかねの目を優しく見つめて堅く頷く。
「はい。たとえそうであっても、私はそれには答えられません。私にはあかね殿がおりますゆえ」
そのセリフを聞いて、あかねは頬を赤らめ目を逸らす。
そして、くるっとまわって部屋に戻っていく。
「よかった」
その姿に、頼久は思わず手を伸ばして抱きしめたい衝動に駆られた。
くらりと彼女を映した視界が揺らぐ。
そのまま魅かれるようにあかねの後を付いて部屋に入ろうとすると、あかねがまた頼久のほうに振り返った。
「ね、頼久さん、それでね・・・」
そう言いながら紙袋を差し出す。
「あかね殿・・・これは・・・」
受け取った紙袋の中には、きれいに包装された箱が入っていた。
その包装は、懐かしくも頼久の好きな色・・・紫苑色。
「だから、バレンタインだから・・・。私から頼久さんへ」
少し照れたように頬を赤らめる。
さっきの話からすると、これは彼女の気持ちということになる。
「それでね・・・一応・・・手作りなの。」
(手作り・・・)
頼久は、ただただそ紫苑色の包みを見つめる。
愛しい人のこんな自分に対する思いが詰まっている。
それがそこからほとばしるように感じられる。
彼女が自分のために、自分を思ってしてくれたことが、この上なく幸せだと思った。
そして、自分に話かけるあかねが、とてもとても愛しく可愛く、どうしようもないほど輝いて見えた。
ふわふわとした心地よい高ぶりに、彼女の声が遠のいていく。
内から熱いものが込上げてくる。
「もしかしたら、おいしくないかもしれないけど・・・。でもね、詩紋君と・・・ひゃっ」
気がついたら、彼女を腕の中に抱いていた。
頬の感触を確かめるように。
「よ、頼久さん・・・っ」
腕の中で戸惑いあわてている彼女も可愛く愛しくてさらに抱きしめてしまう。
そして、その唇を自分のものでふさぐ。
熱く、とろけるように。
それは、どんなチョコよりも甘く甘く溶けていった。
<終>
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