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あたしを見つけて
1 .回想 (あかね)
桜が散る。
町中いたるところにある桜が、春の日差しを受けて一気に咲いた。 しかし、花の命はそう長くもなく、それから数週間でその美しい淡いピンク色は町から消えていく。 その時に向かって、木はひらひらとその花びらを落としていた。 花びらを落とした木々は、また来年花を咲かせるため、葉をめいっぱい茂らせ、冬の厳しい寒さを乗り越える。
あれから何回目の春だろう。 今年も私は、電車にぶらり乗って、ここにやってきた。 伏見深草――墨染。 もう、ここの景色は、あの時二人で見たものとは違うけど、 きっとこの地に、あの人の大事な人の魂が眠っていて、 きっとあの人はまだこの地を大事にしていると思うから。 ここを訪れないわけにはいかない。
たとえ、一人でも。
この時期、ここに来ては、彼の肉親の命を弔い、そして淡く明るいピンク色をまとった木々に願いを託し、そして思い出す。
―――あれは、3年前。
まだ高校生だった私は、同じように桜が咲いたころ、 ふいの事故のようなもので、突然知らない世界に飛ばされた。 それは、1000年以上も時間をさかのぼったような世界。
その世界――「京」は、鬼の呪いとその支配に脅かされていた。 その世界を救う“龍神の神子”として崇められた私。 そして、私と一緒に飛ばされて、龍神の神子を守る“八葉”となってしまった、元の世界からの友達、天真君と詩紋君。 私たち3人は、元の世界へ戻る方法が、鬼と戦い「京」を救うことが同じであると知って、鬼と戦うことを決めた。
天真君、詩紋君を含めた、私を守ってくれた八人の男の人達と、10歳ながらもとても私に良くしてくれ、龍神の神子に仕えるという代々の役目を全うしてくれた藤姫。 期間としてはそんなに長くはなかったけれど、毎日、私たちは、共に闘い、助け合って、絆を深めていった。
そんな中・・・
私は恋をした。
私を守ってくれる、その一途な姿に。 その切なそうな紫苑色の瞳に。
気づいたら、あの人の存在は私のこころに深く刻まれていた。
あんな想いは初めてだった。 とてもひたむきに とても暖かく とても熱く。
それが全てだった。 私の異世界へ飛ばされた理由も、もうどうでもよかった。
ただ、あの人がいるから、私は戦った。 あの人も、私のために戦った。
お互いに強く魅かれて、 私たちは、戦いの日々の中、その想いを確認し合った。
とても幸せな時。 涙が出そうなくらい幸せで、 どんなに大変なときでも、私の心の光は消えることがなかった。 だから私はがんばれた。 どんな世界でも、どんな状況で、どんな悲しい出来事があっても。
そして、私たちは、京の呪いを解き、鬼の支配からその世界を守ることができた。
でも、 京を守ったら私の役目も終わる。 私の、京においての存在意義は無くなる。
私たちが元の世界に帰れるようになったとき、 私には二つの選択を許された。 それは、 元の世界に帰ることと、京に残ること。 そして、元の世界に帰るということは、あの人と永遠に別れるということ。
私の心は決まっていた。
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「頼久さん、今日も警護ご苦労様です。」 その日の夜も、天の八葉であった源頼久は龍神の神子であった少女の部屋の警護をしていた。 「・・・いえ、勤めですから。」 聞きなれた台詞。恋人同士になっても、龍神の神子としての役割を終えた今でも、彼は主従関係を壊そうとはしない。 しかし今日は、頼久の一言答えたその姿に、あかねは違和感を覚える。 「頼久さん?・・・どうかしたんですか?」 頼久は、あかねの方を見ようともせず、しばらく黙ったあと、また一言だけ答えた。 「いえ、何もございません」 あかねは首をかしげる。 どこかよそよそしいその態度。お互いの気持ちを確かめ合ってからは、無愛想で言葉数少なかった頼久も、笑顔を見せ、ドキドキするような台詞も言っていたのだが。 「うそ、やっぱりおかしいよ。私、何かした?」 頼久は少し困った表情を見せた後、またすぐに何事もなかったかのような顔に戻る。 「いえ、神子殿は何も致しておりません」 そうきっぱり断言する。その姿はやはりどことなく他人行儀で、近寄りがたい。 まるで知り合って間もない頃のようだ。 あかねは、心配になって、頼久に触れたくて仕方がない。しかし、それを許さない空気が流れていた。 どうすることもできなくて、あかねも黙りこんでしまう。頼久も黙ったままだ。 (どうして・・・?どうしたんだろう・・・・) 頼久と一緒にいて、こんなに居心地の悪いのは初めてだった。
静かな夜の庭の中、黙って佇む二人の間を初夏の夜のさわやかな風が通り抜ける。 頼久は、となりに座る神子を見た。今にも泣きそうな頼りなげな表情をしている。そうさせたのは自分だと分かっているため、胸がひどく痛む。思わず手を伸ばし、触れたくなる。その衝動を、かろうじて生き残っている自らの理性でこらえる。ぎゅっと、指が白くなるまで握りこぶしを硬くして、そして、あくまで今の姿勢を貫いて口を開いた。 「神子殿。明日は儀式の日です。お早めにお休み下さい」 儀式――それは、あかねの世界への門をひらくための儀式だ。 元の世界へ戻ろうとすれば戻れる日だ。 しかし、あかねの心は決まっている。鬼との戦いの後、自分がどうするのか、その気持ちを頼久にも、藤姫にも、他の八葉にも伝えてきた。 「明日は・・・天真君と詩紋君とランが、帰る日ですね。」 自分がここで生きていくというのは不安ではあるが、やはりこんなに大好きな人の傍は離れられない。 そう思ってあかねは隣の頼久を見る。 しかし、頼久は黙ったまま、前をずっと向いている。 (なんで頼久さん、何も言わないの・・・?) いつもと様子が違い、さらに寡黙になっている頼久に不安を覚える。 頼久の気持ちを確かめたくなる。 「頼久さん・・・?あの・・・私・・・ずっと・・・・・」 そう言いかけたとき、それを打ち消すように頼久が声をかぶせた。 「神子殿。」 そう言って、あかねの前に跪いた。 突然のことにあかねは、そのまま頼久をただ見つめる。 「神子殿。・・・今までありがとうございました。神子殿の傍にいられて、この頼久、この上もなく幸せでした。このことは一生忘れません。」 あかねは、つらつらと述べる内容をイマイチ理解しかねていた。 「・・・頼・・・久さん・・・?」 頭は必死で言葉の意味を整理しようとするが、気持ちが理解することを拒否している。心のどこかで警告音が鳴っている。それが邪魔をして混乱を招く。あかねの目の焦点はあっていない。呆然と頼久の方を眺めている。 「このような武士にまで情けをかけていただいて、本当に神子殿には感謝しております。私も精一杯武士としての誇りを持って生きていきたいと思います。神子殿も、元の世界でどうぞお元気でお暮らし下さい。」 ようやく頭が言葉の意味を理解してきて、あかねは震える声で彼の名を呼ぶ。 「頼久さん・・・私・・・・」 あかねは、自分の考えと反対のことを言われて、怒りにも似た気持ちが込み上げてくる。 「頼久さん・・・。だって、私言ったよね!?・・・私、ここに残るって!ここに残るって言ったじゃない!」 叫ぶように頼久に訴える。
あかねは、ここに残りたいとずっと言っていた。頼久にとっても、それは最上の幸せであり、そう言ってくれたあかねになんとも言えない愛しさを感じた。頼久自身、もう、あかねなしではいられないのだから。 しかし、頼久には、あかねをここに引き止めるだけの自信がない。今まで住んできた世界を捨ててまで、自分のために残るなど、自分にはそんな価値はない。強引にこの世界に飛ばされ、またも、強引にこの世界のために力を遣わせた。そんな世界に残すなど、頼久にとって、そんなことは許されることではないと感じていた。 ここ数日、自分の気持ちを押し殺しながら、ようやく自らの結論を下したのだ。 ―――神子殿には、元の世界に帰っていただいた方が幸せなのだ。
「頼久さん、なんで?私は頼久さんといたいのに・・・・」 あかねは震えながら頼久に訴える。 しかし、頼久は黙ったままだ。 何も答えない頼久に、どうしたら自分の気持ちを伝えることができるのか分からない。あかねは、何がなんだか分からず、ただ「自分は残るんだ」ということを、小さな子どものように言い続ける。 頼久はなおも俯いたままで、何も答えない。 黙ったまま、ずっと下を向いて、表情はその長い髪で覆い隠されている。 (顔が・・・・顔が見えない・・・・!) 暗闇の中に一人取り残されたようだ。 今まで一番信頼してきた人が突然いなくなった感覚。 ずっと、笑いかけて、ずっと真摯に守ってくれた人の顔が見えない。 「頼久さん!」 視界が涙で揺らぎながら、あかねは叫ぶ。それでも頼久の態度は変わらない。 「神子殿。どうぞお休みください。明日は儀式。神子殿が元の世界に帰る日です。お体に差しさわりがあっては大変です。どうぞお休みください。」 あかねは、全身の力が抜けたように呆然と頼久を見た。 ―――決裂だ。 目に溜まった涙がぽろぽろとこぼれる。 あかねは自分の夜着を握り締め泣いた。 頼久は苦渋の表情をその顔にかかる髪で隠し、 手のひらは、きつく握り締めたまま、 あかねが泣くのをただ黙って聞いていた・・・・。
<続く>
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