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あたしを見つけて

 

4.仲間

 

 

1人の少年が広い屋敷の庭の外れに佇んでいた。

平安の屋敷には違和感のある深緑の衣服を纏い、少年はその明るい髪をした頭を抱えて大きなため息をつく。

(確かにオレは、反対してたんだ。)

 

龍神の神子としての役目を終えたあかねが、この世界に残りたいと言ったとき、最初この少年は大きく反対していた。

自分たちはこの世界の人間じゃない。

役目が終わって、この世界にいる意味がもう無いなら、何にも邪魔されることなく帰ることができるなら、帰るべきだ、と思っていた。

自分たちがあるべき場所に戻るべきだ、と。

ここは、自分たちが生きてきた世界とは違いすぎる。

1人残るというあかねが心配でたまらなかった。

この世界でちゃんと生きていけるのだろうか。

彼女のことが好きだからこそ、好きな人をただ1人、こんな世界に残すなんて考えられなかった。

時空が違ってしまったら、もう、守ることは一生できない。

 

しかし、彼女が好きになったのは、自分ではなく、

ここの世界の人間。

だから、彼女は、ここに残ると言い張ったのだ。

あかねが、頑固だということはよく知っていた。

彼女がどれだけ、その人物を好きなのかも分かっていた。

そして、その相手も彼女のことをどれだけ大切にしているかも分かっていた。

たぶん、自分より力もあって、自分よりあかねのことをしっかり守れるのかもしれない。

なにせ彼は、自分が最も信頼できる友だから。

だから悔しいけど、

あいつになら彼女のことを任せてもいい・・・

そう、今日に至るまで、なんとか納得してきたのだった。

 

しかし、今朝――

少年は、右手のこぶしを見つめて怒りの元凶を思い出す。

あれは、今朝、親友と最後となる稽古をした後だった。

 

「今日で、最後なんだな。お前とこうして稽古するのも。」

「・・・ああ」

相方の武士は、ただそう応える。どんだけ付き合って、自分の背後を任せられるようになった関係であっても、変わらぬ無愛想さに少年は苦笑する。

「お前には本当に世話になったな。感謝してる・・・。なんだかんだあったけど、お前は、本当に信頼できるヤツになったよ。」

「天真・・・」

はじめはいがみ合っていた二人。しかし、どこか共通するものがあって、どこか似ているところがあって、日々の訓練と闘いを通して、いつの間にか二人はお互いを認め合い、お互いのことを理解しあう親友となっていた。

だから、任せられる。こいつになら。

「頼久・・・。あいつのこと頼むな。」

お互いに同じ人物を好きになった者同士として、親友として、天真は男と男の約束を交わそうとする。

ところが頼久は急にきびすを返し、天真に背を向け井戸の方へ向かう。

「頼久?」

寡黙な頼久が特に何も答えないというのは今に始まったことではない。頼久の黙ったままな態度に天真はかつてキレたこともある。しかし、今日の頼久は何か違う。

天真に向けられたその背は何か全てを拒否しているようだった。

「頼久・・・?」

何も言わない頼久を不信がって天真は頼久に近寄る。

「天真・・・。神子殿は今日、お前達と一緒に元の世界に戻られる。」

自らの手ぬぐいを水に浸して、頼久の背が天真にそう告げた。

「・・・は?」

「神子殿は今日帰られる。そう決められたのだ。」

天真は、唐突な頼久の言葉を必死で整理しようとする。

(あかねが、元の世界へ戻る・・・?)

しかし、彼女は、鬼との最後の戦いの後、ずっとここに残ると公言してなかっただろうか。

そのつもりで今日まできたのではなかっただろうか。

「だって、あいつ、ここに残るって・・・?」

天真は訳が分からず頭を押さえる。

「・・・心変わりされたのだ。」

「・・・心変わり?あいつが?・・・ありえねぇよ。」

一度決めたらなかなか引かない彼女が、ましてやあれだけ残ると言い張っていた彼女が・・・?

天真はここ何日かのあかねの様子からして、そんな急に考えを変えるなど到底理解できなかった。

「神子殿はそうお決めになったのだ。」

手ぬぐいの水気をきつく絞り、頼久は、強くはないがしっかりとした口調で言い切った。

しかし、何か腑に落ちない。本人の口から聞かなければ納得できない。

「なんだよ・・・あいつ・・・。あかねのとこに行ってくる!」

「待て、天真。」

勢いよく飛び出そうとした天真を頼久は制止する。

天真は振り返って頼久を見る。先ほどまで背を向けていた頼久は、きつく眉間にしわをよせて自分を見ていた。

その重々しい雰囲気に天真の足が止まる。

「なんだよ、頼久・・・。お前いいわけ?あかねが帰ってもいいわけ?」

「・・・。」

頼久は黙って天真を見る。

天真はどこか歯切れの悪い頼久の様子に疑問を感じ始めた。

「頼久・・・何かあったんじゃねぇの?何か隠してね?」

思わず頼久に歩み寄る。

「天真・・・」

頼久は動かない。眉間にさらにしわがよって厳しい顔つきになる。

「オレは・・・あいつがどれだけ残りたがってたか分かってるつもりだ。今更あいつが考えを変えたなんて信じられねえ。

しかも、いきなり?昨日まであいつはオレに、あれだけ「元気でね」って言ってたのにか?何があったんだよ!?」

何かおかしいと思い始めたとたん、急になんだかわからない怒りに似た気持ちがこみ上げてきた。

「天真・・・落ち着け。」

一度頭に血が上ると手のつけられなくなる天真を、これ以上事態が悪化しないように頼久はなだめようとする。

「落ち着けだ?こんな大事なことなのに、そもそもお前はなんでそんな冷静なんだよ?あかねがいなくなってもいいってことか?お前の想いなんてそんなもんだったのか!?」

そうだ。この話をし始めたときから、ずっと頼久の態度が気に入らなかった、と天真は気づく。大事な約束をしようとしなかった、拒否を見せたあの背を。そして未だに冷静でいることを。

当事者であるはずなのに。一番あかねのことを想っているはずなのに。

彼は、いつものように冷静に黙ったまま自分を見つめている。

「おい頼久!」

天真は頼久を睨む。今にもつかみかかりそうだ。空気は一触即発な緊張に見舞われる。

話さなければ天真の怒りは収まらないだろう。いや、話したところで収まらないかもしれない。しかし、そんなこと抜きにしても、話さなければならない、と頼久は思った。神子を想う者同士として。懺悔のためにも、自分にけじめをつけるためにも、そして逃げないためにも。

「私が・・・神子殿に帰られるよう・・・箴言した・・・。」

小さくため息をついてから、頼久はぽつりぽつりと話しだした。

「頼久・・・?」

「神子殿は、最後まで残りたいと仰せになられた。しかし、それを訂して私が神子殿に元の世界へ帰られるよう・・・言ったのだ。そして、今は神子殿も納得された。」

「お前が・・・?あかねは・・・?それで帰るって言ったのか?」

「ああ。」

残りたいと言っていたあかねに対して、帰れという・・・それはつまり、拒絶を示すこと。

頼久が、あかねを拒絶した。

そして、そうされたあかねは・・・?

思わず天真は頼久の胸倉につかみかかり傍にあった建物の壁にその体を打ちつけた。

「お前っ・・・!?」

「・・・っ」

天真が頼久につかみかかって優勢になったのはこれが初めてだろう。

いつもなら、天真がやられる方だから。

今は立場が逆だった。

頼久は自分は責められて当然だと思っていた。

そして喧嘩早い天真は怒りを思い切り頼久にぶつける。

拒否されたあかねは、絶対に傷ついた。

あかねを傷つけた・・・それは天真にとって許せることではない。

そして、信頼していた人物のその行動に、裏切られたような気持ちになる。

 

「あかねが、あれだけお前と一緒にいたいって言ってたのにか!?全てを棄てても構わないと覚悟してまでもお前といる道を選んでたのにか!?」

「・・・。」

天真は胸倉をつかむ手に力を込める。

「なんだよ、またいつものだんまりか?何とか言えよ。お前はあかねの気持ちを踏みにじったのか!?」

頼久にとっては決してそんなつもりはない。大事な大事な神子だ。踏みにじるなど・・・何があってもしたくはない。

しかし、

(物事は簡単ではないのだ。)

どんなに想っていても、

どれだけ一緒にいたくても

それをさえぎるのは、それぞれに与えられた時間と空間の違い・・・

「天真・・・私は・・・聞いてしまったのだ。泰明殿の話を・・・」

頼久が神子を手元に残していいのか、それとも返すべきなのか。

その悩みに決定的な打撃を与えた泰明の話について、頼久は天真に話し始めた。

 

 

それは、ちょうど3日前。

泰明が星の姫を訪れたときのこと。庭を巡回していた頼久はその話を偶然耳にしてしまった。

「神子の気が・・・急激に弱まっている。」

”神子”という言葉に即座に反応する頼久は、その名が聞こえたとたんその場で足を止めた。泰明が星の姫をわざわざ訪れるというのは大事な話に違いない。それくらいの用がないと合理的な陰陽師は現れないだろう。

「泰明殿・・・。それは・・・?」

星の姫が泰明に問う。頼久もその答えを息を潜めて待つ。聞き耳をたてるのは無礼であることだが、神子の話となっては聞かないわけにはいかなかった。

「龍神が京を救うため使った力は大きい。そのため、龍神は眠りにつこうとしている。日がよい時に儀式をするのは当然のことだが、一刻の猶予もない。」

「左様ですか・・・。3日後には、必ず天真殿たちが彼らの世界に帰れるよう、しっかりと儀式を行わなければなりませんね。」

「・・・問題は神子だ。」

「神子殿・・ですか?」

「神子は本当に残るのか?儀式の後、残りの力を使った龍神は必ず眠りにつくだろう。そうなれば龍神の加護がなくなり、神子の気はますます衰えるだろう。そんな状態では、元々この世界の者でない異質であるその身の安全の保証はない。」

「泰明殿・・・。それでは・・・」

「本来なら神子は元の世界に帰すのが道理だろう。神子が残りたいのであれば仕方がないが。」

以前、あかねがこの世界に来た当初も、泰明は彼女の気の乱れを察知し、その異質な気がこの世界になじむよう計らいをしたこともあった。

やはり、この世界のものではない身が、ここの世界にいるということはその身に大きな負担を与えるのであろうか。

ここに残れば神子の身が危険である・・・・

それは頼久の考えを決定付けるには十分だった。

 

 

天真は頼久の胸倉をつかんでいる手を緩めた。少しずつ落ち着いてきたその頭で、目を伏せている頼久を見たとき、天真は初めて彼が感情を押し殺していることに気が付いた。

「頼久・・・。」

「・・・」

天真の手が頼久から離れる。

「そんな・・・それじゃ・・・」

天真には、どうしたらいいのか分からなかった。

あかねの身を案じて辛い決断をした頼久。

そのため、傷ついたあかね。

 

どうしてこの二人が傷つき合わなければならないんだろう?

 

頼久は、黙って俯いてしまった天真を眺める。

彼女と遠く、そして一生離れてしまうのは自分のほうだ。

彼女の身が健やかで幸せであるように、彼は自分の思いをこのまだ若い少年に託す。

「天真・・・神子殿をよろしく頼む。」

天真は自分が言うはずだった台詞を返されて思わず頼久を見る。

今、また男と男の約束が交わされようとしている。

しかし・・・天真の目に頼久の目が写ったとき、

その頼久の想いを殺した瞳に天真の心臓がえぐられるようだった。

同じようにあかねを想う者として。

「・・・わからねぇ・・・わからねぇよ・・・。」

ただ、怒りなのか、悲しさなのか分からない衝動がこみ上げ、こぶしを振り上げ壁に打ち付けた。

 

 

 

そのとき打った右手がひどく痛む。

頼久の気持ちと、あかねの気持ちを考え、二人のことを理解しようと試みるが、また怒りに似た気持ちに邪魔されその思考はストップしてしまう。

(そんなの二人でどうにかすればいいじゃないか。身の危険とかどうこうよりも、二人一緒にいることが大事じゃないのか。想いあう気持ちがあれば・・・どんな障害だって乗り越えられるもんなんじゃないのか!?)

傷ついているのは二人なのだから、理解はしたくても、納得がいかない。

もやもやした気分をどう処理したらよいのか・・・天真には分からなかった。

「天真先輩ー!」

自分の名が呼ばれて顔を上げると、

遠目に金色の髪と明るい髪をした少年達が向かってくるのが見えた。

「よお、誌紋にイノリ・・・」

「探したんだぜ、天真!」

二人とも、どこか神妙な顔つきをしている。

「なんだよ」

天真はその深刻な雰囲気にうんざりしてきた。

天真と同じように、この世界のものではない衣服を着た詩紋は少し泣きそうな声になって言った。

「あかねちゃんが・・・あかねちゃん、僕たちと一緒に戻るって・・・」

きっと詩紋たちはあかねから直接聞いたのだろう。そして、詩紋の言葉によって、やはり事実なのだ、ということが、ひどく悲しく心に突き刺さった。

「ああ、らしいな」

「知ってたの?」

「さっき頼久から聞いた」

その台詞に詩紋とイノリはお互いに顔を見合す。

「頼久さんは何て・・・?」

きっと頼久とあかねの二人のことを心配しているのだろう。詩紋は窺うように上目遣いで訊ねる。

「あいつが帰れってあかねに言ったみたいだぜ?」

天真は先ほどの頼久の話をまた思い出してますます嫌な気分になる。

「えっ!?僕は二人で話し合って決めたって聞いたけど・・・」

「なんだよ、どういうことだよ?」

話の食い違いにイノリは頭を混乱させる。

「知らねぇよ。」

天真にはどっちでもよかった。結局はあかねはここに残らないということだ。

あかねも、頼久も、一緒にいることを選ばなかったということだ。

「あんなやつ、知るかよ」

そう言い捨てる天真を、詩紋は悲しそうに見つめる。

「天真先輩・・・」

3人の間を夏の湿気を含んだ暑い重い空気がのしかかる。

不快な気候は、3人の気持ちをさらに暗く重々しいものにした。

なぜだろう。

大事なときなのに、物事がうまく運ばない。

こんなこと、誰も望んでいないのに。

詩紋は沈黙を破って涙ぐみながら言った。

「最後なのに・・・こんなのないよ。なんで喧嘩別れみたいにならなくちゃいけないの?みんなで力を合わせてがんばってきた仲間なのに・・・」

そんな詩紋をイノリは眉ひそめて見る。はじめは詩紋を嫌っていたイノリも、今は詩紋の面倒を見る友達となっていた。

「そうだぜ、天真。頼久も、あかねのやつも、最後なら、最後らしく何のわだかまりもなしにすりゃぁいいのに。」

最後・・・

天真は、詩紋とイノリの「最後」という言葉を頭の中で繰りかえす。

もう、二度と会えない、

もう二度とくることは出来ない・・・

大事な別れ。

自らを成長させてくれた、ここでの出会いを

こんな形で終わらせたくはない。

こんなこと全く望んでいない。

本当に自分が望んでいることは・・・

やはり、あかねに幸せになってもらうこと。

親友である不器用な頼久にも、いつものように堂々と神子を守るのが自分の使命だと言ってほしい。

「分かったよ、そうだよな。」

「天真先輩!」

残された時間はわずか。

その中で、何かできないだろうか。

二人のために。

「よし、お前らは、先に神泉苑にでも行ってろよ」

「天真はどうするんだ?」

イノリは天真を見上げた。天真の目には力が蘇っている。

そこには、もう迷っている姿はなかった。

「あかねに話をしてくる。」

 

 

<続>

 

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